桜色


いつか見た桜をまた見ることはない。毎年新しい桜を見る。ひとつも同じ桜はなかったが、桜の記憶はいつも似ている。こぼれそうな花弁と、視界いっぱいの桜色、その向こう側の空の色、微かに香る風の匂い、それと別れの記憶。そういうものでいっぱいだ。楽しいことよりもずっと、堪えていたもので胸が押しつぶされそうな気持ちのほうが思い出されるので、こんなに桜が好きなのに、桜を見ると目を背けたくなる。
いろいろな桜の色がある。ひとつの名前にあてはまる色がいくつもある。思い出もいっぱいある。どれもちがう。でもずっと、桜の名前のもとに思い出されるんだろう。雨のように流れ落ちる花弁と、霞の向こう側の黒い幹の情景として、この先何度も繰り返し思い出されるだろう。