コーエン兄弟を3作(ヘイル・シーザー、赤ちゃん泥棒、オー・ブラザー)

そろそろ手を出してみようか…という頃合で。


ヘイル・シーザー!


映画業界仕事人の昼夜なき戦い!面白かったです。演出自体が懐古的な作品で、登場する人物や作品も50年代頃のハリウッド映画のパロディ。勤勉な主人公が活躍する様を描きながら、その腕を買われてヘッドハントされ悩む側面も織り込まれていきます。
映画というのは総じて作り事で、映画業界にどっぷりはまっている主人公ももちろんそのことは強く意識しています。だからこそ、スター俳優のイメージを維持するために工作もする。(その手腕が鮮やかなのでヘッドハントされるわけですが)彼にとって、世間へ表出されるべきなのはそのようにして作られたイメージであって、俳優の素などでは毛頭ない。
一方で、彼をヘッドハントしてくるのは航空会社の役員であり、その人いわく「実業」の世界。映画のような虚飾にまみれ、今後衰退していくようなはかない産業ではなく、これから伸びる真に価値のある産業だと説明する。
さて、問題は主人公がその条件に惹かれながらも、映画を離れられないこと。映画業界ははかなく、今後衰退する。確かに。でも。
非常に真面目で勤勉で、優秀なビジネスマンである彼は、そのモチベーションを別の世界でも発揮できるのだろうか、というところがどうも疑わしい。真面目なだけに、映画業界に肩入れしてしまっている。まるで年老いていく夫を哀れみながら一緒にいる妻のように。

ただ、その肩入れにもいっぺんの真実があるわけで、作中、それは淡々と映画業界や産業そのものがシステムでしかないと説く共産主義かぶれのスターに対して平手打ちをくらわすというクライマックスとなって現れます。いわく、そうだ、映画は作り物だ、でも、俺たちはその作り物のために本当の汗水を流している。本当の感情を注いでいる。君だってそうだぞ。君は作り物のために本物の怒りや悲しみを感じるはずだ…とそこまで言っていたかどうかは忘れましたが、その愛のビンタによって流行思想に酔っていた俳優は撮影中の作品へと戻っていくわけです。
つまり、映画は確かに作り事であり、はかない産業なのですが、主人公にとってはそこで奮闘する自分の姿こそ真実であり、”正しい”のでした。個人的には儲かるし堅実な方が”正しい”んじゃないかと思ったりもしますが、彼の職業人としての倫理観は、これまでの仲間と一緒に映画を作り続けることを選んだ。

現実とは、忠実であるということとは必ずしも同義ではなく、デフォルメや比喩であっても、それが思考や感情を動かし、私たちを何らかの行為へ駆り立てるものであるならば、現実だと言いうる。そして映画は、すべて虚飾ではあるのですが、現実の有様を描き出せるという意味でやはり現実に加担しており、映画業界をテーマに映画を撮影したコーエン兄弟としては、なんとなく、そのあたり主張したかったのかしらと思ったりもしました。
取り立てて激しいバイオレンスもセックスもない淡々とした映画なので、どなたと一緒でも気まずくはならないです。映画好きと一緒に観るといろいろ解説してもらえて楽しいかもしれません。


赤ちゃん泥棒


コーエン兄弟の初期作品。これは面白かった!コーエン兄弟のコミカルなほうの作品群として、とても楽しめました。
警官である妻と強盗常習犯の夫というカップルが、不妊症であることに悲観して、有名人の五つ子を誘拐しちゃおう!と思い立つという筋。
めちゃくちゃな筋なのですが、けっこうアメリカのドラマや映画を観ていると、子ども愛が強いんですよね。子どもっていうのは大切なものだし、すごくかわいいし、いとしい。だからこそ、子どもに対する性犯罪などを起こす犯人に対して、時として異常なまでに攻撃的な人物がでてきたりします。
今作に関しては妻の方がとにかく子どもが欲しいと思いつめた挙句、あんなにいっぱい子どもがいるんだったらひとりくらい貰ってもかまわないだろう、と変な方向へ開き直ってしまうところから物語がスタートします。
要するに、自分たちの欲望にしたがって赤ちゃんを好き勝手に扱う大人たちの話であって、子どもがかわいい、と言いながら赤ちゃんを誘拐するカップルもどうかしてますし、その子にかけられた懸賞金目当てにさらに略奪する悪人も自分の利益しか考えていない。誰も彼も自分のことしか考えていないのですが、次第に、その赤ちゃんがかわいすぎて自分たちのことがどうでもよくなっていきます。
最終的には絶対悪(赤ちゃんのかわいさになびかない唯一の存在)としてのゴーストライダーが出てきて、彼と対決することで、ニコラスケイジが自分たちの犯した罪に気づくわけですが、なんというか、そんなにか、赤ちゃんパワー、と思わざるを得ない。もうみんなどんだけ赤ちゃんが好きなのかと。
赤ちゃんが終始メインにすえてあるので、コミカルだしほのぼのしています。何が描きたかったんだと言われたら赤ちゃんのかわいさは正義!赤ちゃんは世界を救う!的なことじゃないかと思ってしまうくらい、赤ちゃんがかわいい話としか…いや面白かったんですけどね。ファミリーで見てもカップルで見ても、ほんわかすると思います。


オー・ブラザー ジョージ・クルーニー LBXS-006 [DVD]

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オー・ブラザー


ユリシーズを元ネタに3バカトリオを描いたという話。面白かった!かなりしっかり作ってあって楽しめました。
アメリカの南部を描いたファンタジーともいえるかもしれません。
コーエン兄弟の作品て、どういうオチだったんだかよくわからないまま終わる印象が強かったのですが、この作品に関してはちゃんと結末が用意してあり、そこがまずよかったです。冒険譚であり、家族の話であり、仲間の話であり。ただそこはコーエン兄弟なので、なんというかかなり幻想小説に近い手法で映像が作られていて、それが独特の雰囲気を持っていたのも楽しめました。
つまり、日常の中に唐突に怪異が現れる。それは日常の文脈でもどうにか理解はできるのですが、やはりちょっとデフォルメされていたり異質であったりして、不思議な後味を残します。かといって、ではファンタジーのように完全なる異世界かというと、少し微妙で、そのあたりのバランス感覚がコーエン兄弟ならではなのかしらと思ったりしました。
今回みた3作のうちでは一番きちんとつくってあって、エンターテイメント性が高い作品だと思います。これこそファミリーで見ても面白い映画では。