バタイユ『エロチシズム』

引用のみ。

われわれは通じ合おうとする。しかしわれわれの間に生まれるどんな交流も、第一義的な相異なるものを除きうるものではない。あなた方が死のうが、死ぬのはわたしではない。われわれ、つまりあなた方とわたしとは、非連続的生き物なのである。(p.13)

生命は存在の入口である。つまり、生命は死すべきものであっても、存在の連続性はそうではない。連続性の接近と連続性の陶酔とは死への考察を圧倒する。第一に、現世的エロチックな混乱がすべてを超越する感情をわれわれに抱かせる。そして非連続の存在の状況とは切り離せない、さまざまな暗い見通しは忘却の淵に沈んでいく。ついで若々しい生命を迎え入れる陶酔を乗り越え、正面から死に近づく力が、理解しがたい不可知の連続性の入口をそこに見る力が与えられる。それがエロチシズムの秘密であり、エロチシズムだけがその秘密の使者である。(p.25)

エロチシズム

エロチシズム