第9地区からエリジウム。

もうすでに冬の気配ただよう札幌よりお届けします。みなさまいかがお過ごしでしょうか。


さてニール・ブロムカンプ監督の長編第一作にしてヒット作となった「第9地区」を先日DVDで観ました。低予算といわれてどのあたりが?と思うくらいにはお金はかかっていたような気もするのですが、俳優さんの知名度という点では確かに無名の人ばかり(+CG)でできた映画でした。

内容としてものすごく目新しいものはなかったんですが、主演のシャールト・コプリーさんがとてもよかった。普通の人が特別な立場に立たされたときの愚かさや醜さがうまく出ていました。あとは「難民」や「人種差別」「人権侵害」「人間の暴力性」というテーマをつらっと描いている点はスマートでよかったです。深刻なテーマが絡む話となると、とたんに妙にメッセージを込めたくなったりしそうなものですが、それがなかった。ひとつは、このテーマをエイリアンに適用してしまったこと、もうひとつは、南アフリカ出身の監督が南アフリカという土地で撮影したということが要因かなと思います。テーマが重いのですが、映画自体のトーンは軽く、それもよかったです。


自分が死に向かっていく(人類ではなくなっていく)ということを受け止めるには、コプリーさん演ずるヴィカスは器が小さい。結果として周囲にものすごく迷惑をかけるのですが、スーパーヒーローではない人間が戸惑いながらなんとか生き延びようとする姿は切実でした。特にそれまで一緒に逃げてきた相手をあっさり裏切るところなどは、非常に自分勝手で感心してしまいました。
エイリアンの造形も、よかったです。「エビ(Prawn)」と呼ばれるような姿は、怖くもあり、悲しくもあり。知性という点では人類よりずいぶん上品に描かれていたところも、私にはチンパンジーの檻を思い出させるようで切なくなりました。


ずっと以前に読んだ藤子不二雄の吸血鬼の話でもそうで、自分が別の種族に変わってしまうということはその過程自体は恐怖でしかないのですが、いったん相手側の存在になってしまうと、そちらにも実は別の秩序が存在している。ので、ふつうに考えると別に変身したっていいじゃん早くあきらめようよ、となるんですが、まあ小市民は通常そこまで達観できません。なんかそういう等身大の恐怖、徐々に押し寄せてくる別の何か、をどうやって受け入れたらいいのか、どうやって納得させたらいいのかという話でもあったなと思います。
コプリーさんはもがきながらもそれを受け入れ、最終的にあきらめの境地に達することで逆切れ的に勇敢さを得ることになります。窮鼠猫をかむ、これ以上どこにも逃げ場はない、己の運命を受け入れるしかない。ならやってやるか。ただ、そこに至るまでなんと長いことか。映画の9割でコプリーさんはもがいていました。そしてその長さが非常にリアリティをもっていた、とも感じます。


一応ハッピーエンドではあると思いますが、手法やテーマ、素材が非常にうまく噛み合った良作だったと思います。


で、そのブロムカンプ監督の第二作が「エリジウム」。現在公開中です。
http://www.elysium-movie.jp/


端的に言って、映画のできは前作のほうがいいです。
今回も面白くはあったんですが、いかんせん俳優さんがプロすぎて、ストレートに「いい物語」になってしまいました。
前作ではコプリーさんの気味悪さ、普通の人がじたばたすると、簡単に同情できないような悪いこともするし、逆切れ的に強くなることもある、というところがコプリーさん自身の特性や演技とあいまって変なところまで昇華していたのですが、今作の主演はマット・デイモンということで、最初からなんか強そうなんですよね。強そうだし、今回は出演者が全員人類ですので、あまり境界線がはっきりしない。あっち側とこっち側というのがあいまいで、だから物語自体もコミカルにしようがなくて、妙に深刻になってしまう。コミカルにするには、やっぱり極端な要素がどこかに入ってこないと難しい。
といった中で、唯一不気味なオーラを放っていたのはやはりコプリーさんで、今回の悪役などはあの人の本性なのではないか、あの人は絶対何か悪いことをやらかすにちがいない、何かとんでもないことをやらかすに違いないという期待を一身に受けとめてくれました。コプリーさんが演じるとなぜか不気味なのに悲しくてユーモラスになってしまうのが彼のいいところ。
難点は、エリジウムの具体性が乏しかったところでしょうか。ユートピアってみんなあこがれるしきらきらしていて素敵なんですが、平和すぎて観ていて面白くないんですよね。いや、平和なのはいいことなんですけど、ドラマは絶対起こらないよねっていう。で、そこに下界の汚い船が突っ込んでくるんですけど、そのときのエリジウムにおける衝撃っていうのももっとほしかった。基本的にみんなわーわーって逃げているだけで、いや実際に何か起こったらみんなわーわーって逃げるだけなのかもしれないんですけど、たとえば抗菌システムみたいのが壊れてみんな病気になっちゃうとか、そういうわかりやすさがあってもよかったのにななんて思いました。
それでいくと、ジョディ・フォスターも「HAL」のようなプログラムでよかったと思っています。防衛システムとして作ってしまって、それに何らかの不具合が起きるという話としても、さして物語に支障はなかったような。
マット・デイモンはごりごりがんばっていますので、マット・デイモンが好きな方にはお勧めしたいです。