ある青年のはなし

居酒屋でバイトしていたとき、店に若い主任がやってきたことがあった。その主任は私より若かったのに正社員だった。ちょうどそのころ副店長が不祥事でやめ、その代わりに穴埋めとしてやってきたのだ。
新しい主任は仕事ができなかった。若いんだから、仕事を知らないのは当たり前だ(19歳だと言っていた)。だが、彼はとにかく手際が悪かった。それでも、手際が悪いだけならまだ救いようがある。彼はそこに加えて、不正直だった。自分でできると言ったことができないのだ。彼に任された仕事は、主任としてやらなければならない仕事ではあるし、できるのが当たり前でもあるのだが、できると言われてできないよりは、最初からできないと言ってくれたほうが周囲の人間にとってはまだましだ。結果として、店長は彼を厳しく叱責しはじめ、バイトは彼に何も期待しなくなった。
こうした状況に置かれて、主任は着任して数週間で精神的に追いつめられた。いつもびくびくと怯えるようになり、店長に怒鳴られるたびに顔を硬直させた。私たちバイトにはつねにへらへらと笑ったような顔で接し、失敗の尻ぬぐいをすべて引き受けるようになった。まるでそれが自分への罰であるとでも言うように。彼の状況はどんどん悪化し、次第に発注は滞り、品切れが続き、ろくに店を開けられない日がでてきた。もちろんそのたびに店長は怒るので、彼はますます硬直していった。バイトは彼を哀れみはしたものの、誰も(もちろん私も)かばわなかった。自業自得だとみんな思っていたし、いずれ仕事にも慣れてきちんとできるようになるだろうと思っていた。今は時期が悪いのだと、誰もが思った。
そんな状態で一ヶ月ほどが過ぎた日、主任は突然私たちの前から消えてしまった。開店準備ができていない店にやってきて驚いた店長が、主任の住んでいた寮に行くと、中はからっぽだったのだ。彼の着ていた制服だけが、きちんと畳まれて置いてあっただけで、彼の姿はどこにもなかった。
主任は最後の仕事だけはきちんとしていった。その日に出すお通しも綺麗に入れてあったし、下ごしらえも済んでいた。掃除もしてあって、食器はきちんとしまわれていた。私たちは驚いた。そして、胸の奥がチクチクするのを感じながら、お互いの顔を見合った。どうして彼は消えてしまったんだろう?とでも言うように。誰も彼がここまでするとは思っていなかったのだ。でも彼は現実に追いつめられて、そして消えてしまった。悪いのは彼だ。仕事をしなかったのは彼だったのだ(事実最後の仕事はこんなに綺麗にできたじゃないか)。それなのに、私たちは胸のチクチクを抜き去ることができなかった。私たちはどうして、何もしなかったんだろう。彼が消えてしまうまで、私たちは悪いのは彼だと思っていたのだ。