『わたしを離さないで』

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

ある種のリハビリとして。面白かったです。内容に触れると面白さが半減する話だと思うので、どうにか内容に触れないように書いてみます。重苦しくなりがちな物語だと思うのですが、主人公の思い出語りを中心に展開する、一人称の小説であり、主人公が終始前向きであることでそういう重苦しさを感じることはありませんでした。翻訳の良さも手伝ってか、テンポ良く読める小説です。
一つのテーマは他人との隔たりなのかもしれないなと、身近な人と話していて思いました。一つの出来事を巡って、思い出される出来事は同じようでも、その実そこへあてがわれる解釈は自らのものとは似ても似つかない。共有されているようで、決定的にずれている。一人称であることが、尚更それを際立たせていると感じました。
また、このお話は成長ものでもありました。見ずに済ませたい、見ていないことにしたい、できればずっと未決のままがいい。そういう未熟な時期から、否応なしにすべてが決まり決めることを要請される時期への移行、つまり時間が進むことに伴う甘く暗い絶望的な苦痛。この描出が見事です。
自分の行き先について諦めてしまえば楽になれるのはわかっているが、高潔であれと教えられるが故に受け入れることができない、この矛盾。生まれること、生きること、がいかに膠着した現象であるかを、主人公たちを通して思い知るのです。それでもなお繰り返し生まれ、繰り返し生きなくてはならない。しかし皮肉なことに、主人公たちはそれを肯定的に受け入れるのです。だから私もまたそれを受け入れるほかない。なぜなら私はもう生きてしまっているからです。そしてそれが言祝ぐべきことであってほしいという希望のもとに生きているからです。
とはいえ、難しいこと抜きに面白い小説ですので、面白いことがないなと思ったときには一読されることをおすすめします。