匂いの記憶

asukakyoko2011-04-16

いま不意に、10年前好んでつけていた香水の匂いがした。男物で、甘くない骨格のしっかりした匂いが気に入っていた。でもたった一度買いそびれて以来、買っていない。そのとき付き合っていた人に、香水をあげた。自分とは違う匂いだった。ずいぶん押しつけがましいことをしたものだと思う。でも彼はそれをつけてくれた。私は彼の匂いを嗅ぐのが好きだった。
泣いたことを思い出す。とにかくあほほど泣いた。泊ったホテルで怒られて、塗りたくったマスカラをだらだら流しながら泣いた。馬鹿だなぁと思う。面倒くさいなぁと思う。そしてその頃したたくさんの幼稚な約束を思い出す。心から守るつもりでした、結果的には嘘になった、いくつもの約束のことを。
置いていった服からする匂いは、その人の不在を強く思わせるから嫌いだ。そんなものを置いていかなくたっていいのに。まるでそれが、言葉よりも重いとでも言うかのように、服を置いていく人のことを私は不思議に思った。そんなもの、あってもなくても、おしまいはおしまいなのだ。
そして言葉の方がずっと重いということを知っている人に会った。その人は、オットになった。彼は少し乾いた毛布みたいな匂いがする。それで私は、あまり香水をつけなくなった。私は人の匂いを知った。