まったくついてない

血が出た。お尻から。いつも以上に気張って排便したら、どうやら肛門が切れたらしい。参った。花の二十代女子が切れ痔とは。あまりに痛かったのと、何だかもの悲しいので涙が出た。
さらに不幸なことに、次の日も出血した。これが決定的で、トイレから戻ったあともしばらく硬い椅子には座れなかったくらいだ。結局これがきっかけになり、私は近所の肛門科の門を叩いた。
しかし、人生において自分が肛門科の世話になる日が来ようとは思わなかった。皮膚科とか、外科とかじゃないのだ。よりにもよって肛門科。だいたい、どうして肛門科はこんなに具体的な名前なんだろうか。耳鼻科でさえ鼻と耳がついているのに、肛門科は肛門ひとつだ。肛門科に出入りすればたちまち肛門に病気があることが分かってしまう。こんな気の滅入るネーミングをみすみす許すなんて、医療業界は患者のデリケートな心情をてんで分かっていないのだ。
とにかく肛門科である。(いったい今まで何回肛門科と書いただろう!)医者は五十くらいのベテランらしい男で、私が入室するなり「じゃあ椅子には座らないでベッドに横になってくださいね」と言った。さすが肛門科だ。見るのは尻の穴のみである。さっそく看護士がきて体を壁の方に向ける。看護士は小さな体の中年の女性だったが、力は強かった。看護士というのはたいてい力持ちなのだ。
ズボンとパンティを腿まで下げたあられもない姿で尻を差し出す私。なんだかうやむやのままに「カメラ入れますから力抜いてくださいねー」という状況になっている。えっ、ちょっと心の準備ってもんがとかなんとか考えているうちに、私の尻の穴はカメラに犯されてしまったのだった。初めてだったのに…。
都合二回ほどつっこまれた後、症状の説明。二カ所切れてますねー。座薬と下剤出しますから、排便の時いきんじゃだめですよー。とにかく便秘が敵です。今からこんなんじゃ先が思いやられるねぇ。はい、お大事にー。
結局切れただけで他はなんともなかったようだ。いやはや、なんとも、安心した。帰り道は寒かったが、もう肛門の痛みは気にならなかった。肛門科も、案外悪い所じゃないのかもしれない。