百日紅

百日紅 (上)百日紅 (下)
今は亡き、杉浦日向子さんの作。北斎、その娘栄、居候の善次郎を中心に江戸と浮世絵の世界を描く(ちくま文庫だから小説とおもいきや、漫画である)。
この手の(歴史や古典を扱った)漫画で思い出すのは、皇(すめらぎ)なつきさん。最近新刊をみないけど、まだ書いているんだろうか。杉浦さんも途中からは漫画描かなくなってしまったとかで、このまま皇さんも中国古典の解説委員みたいになってしまうんだろうかといらぬ心配をしている。古典ではないけど、森博嗣の『黒猫の三角』を皇さんが漫画化したものは素晴らしいのでお勧めしておきます。
さて、杉浦さん。随所の構図が浮世絵風だったり、台詞が江戸風に凝っていたりで、なかなか読み進まない。ここはこれからの引用かしら、ここは○○風かしら、と考え始めるとキリがなくていつまでもぐるぐる同じところを読み返してはああだこうだと一人解説してしまう。それに、絵描きを絵描きが扱うせいで、ときどき、自分がどの地点にいるのかわからなくなる。ええっと、この絵は中の人には見えてるんだっけ?これは私にしか見えないんだっけ?百日紅のようにつぎつぎと咲いては散る物語の中におぼれる感覚。

善次郎:あ、先生芝居はどうでした?
北斎団十郎の菅丞相は上出来だったが豊国と国貞が版元の永寿堂と来てたのヨ
役者連中が替わる替わる奴らの桟敷へ来ちゃあ酌をする、茶屋が益もねえ世辞を言う
どうでこっちゃあくそ面白くもねえ!
善次郎:奴らァ所詮人形芝居の金襖ヨ!
北斎:ナンダ
善次郎:表向きばかりという事さね
北斎:ヘッ!時にてめえ番町の生首を観たそうじゃねえか。歌麿の枕絵の裏とはさだめし芸のあるとこだ
善次郎:火急の用事で是非もなく矢立はあれど紙がねえ
杉浦日向子「番町の生首(上)」、『百日紅』p.16)